国俊

■2字と3字の国俊の違いとして、2字銘は太刀がほとんどで、短刀は1振だけであるのに対し、3字銘には短刀も多く観られることも、別人説を裏付けています。 二 字国俊(にじくにとし)と3字来国俊がある。
■来派(らいは)は、日本刀の刀工の流派の一つで五箇伝のうち山城伝に属する。鎌倉時代中期から南北朝時代にかけて山城国(京都府)で活動した。主な刀工に国行、国俊(二字国俊)、来国俊、来国光、来国次らがいる。来国俊(らいくにとし) 鎌倉後期の刀工 来国行の子 二字国俊 来一門を代表する名刀工。 生没年未詳。 所説あるが、徳川黎明会所蔵で「正和四年歳七十五」と在銘の太刀がある。以下参照
■国宝
太刀 銘国行(号 明石国行)(日本美術刀剣保存協会)身幅広く、腰反り高く、中切先の鎌倉時代中期特有の体配であるが、国行の作中ではやや細身に属する。地鉄は小板目つみ、やや肌立ち、刃文は広直刃調に丁子を交え、刃中の働きが盛んなものである。明石松平家伝来のため「明石国行」の異名を持つ。茎は生ぶで雉股形となり、茎尻に手抜き緒通しの孔があり、貴重である。
■重要文化財
太刀 銘国行(静岡・久能山東照宮)
太刀 銘国行(静岡・久能山東照宮)
太刀 銘国行(愛知・徳川美術館)
太刀 銘国行(岡山・作楽神社)
太刀 銘国行(愛媛・伊佐爾波神社)
太刀 銘国行(個人蔵)1931年指定
太刀 銘国行(個人蔵)1935年指定
太刀 銘国行 1937年指定、第二次大戦後連合国軍により接収され、以後所在不明。
太刀 銘国行(個人蔵)1941年指定
太刀 銘国行(刀剣ワールド財団蔵[2])1952年指定
刀 伝国行(国立歴史民俗博物館)1954年指定
刀 伝国行(東京・吉祥寺)1952年指定
刀 伝国行(個人蔵)1956年指定
刀 伝国行(個人蔵)1961年指定

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