説明
■鑑定(Written Expert Opinion):
鞘書(本阿弥光美)、鑑定書(銃砲刀剣研究会)
■時代(Period):室町時代~ (Muromachi Period)
■種別(Type):脇差し (Wakizashi)
■銘文(Swordsmith name, era, etc.):
(表) “Mumei”Unsigned sword
(裏) “Mumei”Unsigned sword
■測定値(Measure) :刀身 (Toshin the “body” of the sword)
刃長(Blade length):33.9cm
反り(“Sori” Warp):0.5cm
元幅(“Motohaba” bottom width):27.9mm~28.1mm
先幅(“Sakihaba” top width):22mm
元重(“Motoshige”):7.2㎜~7.0mm
先重(“Sakishige”):6㎜~5.5mm
鋩長(”Kissaki” top length):
茎長(“Nakago” handle length):
重量(Wait):272g
※誤差あり (but within the margin of error)
■登録証:新潟県教育委員会
■説明:
豪壮な姿で見るからに「三代村正」ではと感じる秀逸な一振ですが、、
また見逃してはならないのが「透彫り」です。写真では通常の彫りに見えるが、透かしになります。
技量はもちろんの事、手間や工程がかかり一般の刀ではまずないでしょう。また見る限りでは後彫りでありません。
歴代所有者の研磨により表面の三鈷柄剣が少し研がれていますが刀身と彫に違和感もなく作刀時に彫られたと感じます。
とにかく全体的な豪壮姿や刃文(動き)の出来、オーラに魅了され、つい時間が経つのも忘れ見入ってしまいます。
(もし彫りが村正自身の彫りだとする非常に稀少性があるかと思いますが、
ただそこまで極めれる人は「鑑定所」にはいないと…)
・本阿弥光美の鞘書
・鑑定書(刀剣研究会)折紙
村正は「徳川家康」率いる徳川家に災いをもたらしているという
「妖刀伝説」は聞きあきる位にご存知かと思いますので割愛致します。
伊藤博文、西郷隆盛など倒幕の象徴となった刀では後にも先にもこの村正しかありません。
2014年迄はロシアのプーチン大統領も所持していた様です。
■村正
初代(右衛門尉)応永~嘉吉(1394~1428)にかけ活躍した。
二代 文明ごろか(1469~1487)応仁の乱が終わり、戦国時代が始まる
三代 文亀~永正ごろ(1501~1521)右衛門尉。村正中、最も優れる言われる。
四代 天文ごろ(1532~1555)
五代 天正ごろ(1573~1592) 安土桃山時代
信長の三男、三七信孝の命により打っており、その際には、銘を「寛村」と切ったという。
あるいは、家康による村正忌避の流れを受けて改名したともいう。
また所説では四代後半から幕府の命により千子正重と改名や村正、廣正、藤正、等など諸説有る。
なかなか出ない「村正、脇差し透かし彫り」是非あなたのお手にとってお楽しみ下さい。
【出品者情報】(Product information)
■商品発送地 (Delivery location of goods):東京都 (Tokyo Japan)
■出品者 (Seller’s name):名刀オークションで代理出品中のお品物です。渋谷区のお客様から整理品との事で数振り近くお預かりしました。(It is a product that we are selling on behalf of you upon request.)
■一言:ご検討のほど何卒よろしくお願い致します。他にも出品予定になります。(Thank you for considering purchasing the item.)
※当社の撮影では蛍光灯および白熱灯を使いますので色味が異なって見えることがあります。
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